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奈良地方裁判所 平成5年(ワ)161号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因について

1  原告が、不動産の売買・仲介、ゴルフ場、マリンスポーツ施設及びホテルの経営等を目的とする会社であること、被告らは、いずれも奈良県平駒郡平群町議会議員の職にあつて、ゴルフ場建設反対議員の会を結成して原告の進めるゴルフ場建設に対する反対運動を行い、反対議員の会ニュースを発行しているものであり、一九九三年三月一日発行の本件ニュース紙上に本件記事(一)及び(二)の各記事を掲載し、それを平群町内に頒布したことは、当事者間に争いがない。そして、《証拠略》によれば、本件ニュース紙を平群町内全戸に新聞折り込みで約六〇〇〇部、同町内にある近鉄電車の三駅において一五〇〇部の合計約七五〇〇部を配布したことが認められる。

2  そして、本件各記事とも、犯罪容疑あるいは不正行為に関するものであつて、原告会社の名誉・信用を害すべき性質のものであることは明らかである。

二  抗弁について

民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利益に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出たものである場合には、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為に違法性がなく、また、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為に故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。

そこで、以下、右要件の存在について検討する。

1  本件記事(二)で摘示された事実は、公判中の刑事事件に関するものであるから、それが公共の利害に関する事実に当たることは明らかである。

ところで、本件記事(一)においては、原告会社が融資を受けた相手方から、右融資に係る金員の返還を求める民事訴訟が提起されたという事実が摘示されているが、右事実は、一私企業の資力、信用という私的領域に属するものとはいえるものの、そのことから直ちに摘示事実の公共性が排除されることはなく、その企業がたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度いかんによつては、公共の利害に関する事実に当たる場合があるというべきである。

これを本件についてみるに、一般に、ゴルフ場の建設は、土地の大規模な開発を伴い、また、それがために建設地周辺に与える影響も決して小さくないということにかんがみると、たとえそれを企図する者が私企業であつたとしても、それは極めて公共色の強い事業であるといわなければならない。してみれば、ゴルフ場の建設が許可されるか否かについてはもちろんのこと、それがいかなる実態をもつた事業者によつてなされるのかについてまで、広く公共の利害に係わる問題として論じられるべき場合があるというべきである。ところで、《証拠略》によれば、原告会社は、奈良県平群町内においてゴルフ場を開発することを企図していることが認められるところ、右ゴルフ場の開発に当たつては、奈良県が定める「ゴルフ場開発事業の規制に関する要綱」所定の事前協議手続、都市計画法に基づく開発許可手続及び森林法に基づく林地開発許可制度による手続をそれぞれ経由しなければならないとされている。そして、《証拠略》によれば、それぞれの手続においては、開発事業者の資力、信用がその許可基準あるいは審査事項とされていることが認められる。具体的には、まず、右事前協議手続においては、右要綱に基づき事前協議書に添付すべきものとされている「開発事業計画概要書」に資金計画を記載すべき欄が設けられているほか、「各種開発事業に係る事前協議実施要綱」に基づいて添付すべき「市町村関係課における調整概要書」においても、その記載上の留意事項として開発資金の状況が挙げられている。また、都市計画法に基づく開発許可手続においては、その許可基準を定めた同法三三条が、「申請者に当該開発行為を行うために必要な資力及び信用があること」(同条一項一二号)を挙げており、さらに、森林法に基づく林地開発許可制度による手続においても、奈良県が定めた「林地開発行為の許可基準」で、「申請者に開発行為を行うために必要な信用及び資力があること」が一般的要件として定められているほか、同じく「林地開発許可申請の手続要領」において、林地開発許可申請書に、申請者の資力、信用に関する書類として、資金計画書、預金残高証明書、融資機関の証明(融資を受ける場合)、納税証明書等を添付すべきこととされているのである。そして、原告会社も当然右の手続を経なければならない以上、その資力、信用が問題となるのは必定であるところ、原告会社については、《証拠略》によつて、日産クレジットから不正融資を受けた旨新聞等で大きく報道され、その資力、信用を含めた経営実態が、社会の関心を集めていたものである。このような事情を総合して考えると、本件各記事が掲載された当時、原告会社の資力、信用に関する事実は、公共の利害に関わる問題であつたと判断できる。

2  さらに、《証拠略》によれば、被告らの反対運動には真摯な姿勢が認められ、到底私利私欲・私怨等の不純な動機によるものとは認められない。そして、本件各記事の内容及び表現方法等も併せ考慮すると、被告らが本件各記事を自らの発行するニュース紙に掲載、頒布した行為は、専らゴルフ場建設反対運動の一環として、ゴルフ場建設を企図する原告会社の問題点を明らかにし、地域住民に的確な判断資料を提供するという公益を図る目的に出たものにほかならないというべきである。

3  次に、本件摘示事実の真実性について検討する。

(一)  本件記事(二)のうち、被告人森口が原告会社に対する不正融資の事実を認めたという摘示事実が真実であることは、当事者間で争いがない。なお、「御堂開発への不正融資が、当事者(の一方)により確認されたことを意味」するとの評価及び「御堂開発の松本健作専務の『無担保の不正融資でない』という言い訳はとおらなくなりました」との論評は、右真実性の明らかな事実を前提としたものであつて、その評価・論評対象の公共性、目的の公益性も認められ、表現方法においても公正かつ妥当であつて、違法性はない。

(二)  これに対し、本件記事(一)で摘示された、日産クレジットが原告会社に対して融資金返還の訴えを提起したという事実が真実でないことは、被告らも認めるところである。被告らは、本件各摘示事実の主要かつ重要な部分は、本件記事(二)で摘示された被告人森口が原告会社に対する不正融資を認めたとする部分であつて、それが真実であることは明白であるから、本件摘示事実の主要かつ重要部分は真実である旨主張する。

確かに、本件記事(一)の本件ニュース紙面に占めるスペースの割合やその配置といつた形式面から判断すると、本件記事(一)が本件各摘示事実の主要かつ重要部分であるとは必ずしも言い難い。しかしながら、被告らの本件各記事掲載の狙いが、原告会社の資力、信用の実態をさらけ出して地域住民に訴えることにあつたと考えられる以上、不正融資事件に絡んで日産クレジットが原告会社を訴えたとする事実は、まさに原告会社の資力、信用に関わる問題であることは明らかであり、また、この記事を読んだ一般人にとつて、原告会社の資力、信用を評価する場合における、重要な判断資料となり得ることもまた明らかである。したがつて、その形式面はともかく、これを実質的にみると、本件記事(二)に摘示された事実のみが主要かつ重要部分であつて、本件記事(一)に摘示された事実がそうではないとは必ずしも言い切れない。したがつて、被告らの右主張は採用できず、日産クレジットが原告会社を訴えたという事実が真実でない以上、被告らが摘示した事実が真実であることの証明を欠くものといわざるを得ない。

4  しかし、摘示事実が真実でないとしても、それが真実であると信じたことにつき相当の理由があると認められるときは、故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないと解すべきことは、上述のとおりである。そして、右相当の理由があるといえるためには、右事実が単なる風聞や憶測に依拠するだけでは足りず、それを裏付ける資料又は根拠がなければならないことはいうまでもないが、人の名誉を重視するあまり、これを厳格に解してその裏付資料や根拠に高度の確実性を要求すると、今度は特別の調査権限も与えられておらず、また調査能力も限られた一般市民が、社会の不正を告発しそれを世論の批判にさらすといういわば民主主義社会を支えていくために不可欠ともいうべき言論活動を萎縮させてしまう恐れがあつて妥当でない。そこで、右相当の理由については、一応真実であると思わせるだけの合理的な資料又は根拠があることをもつて足りるものというべきである。

以上を前提に、被告らが、日産クレジットにおいて原告会社を訴えたことが真実であると信じたことについて相当の理由があつたかどうかを検討する。

《証拠略》によれば、平成五年二月一七日付け朝日新聞夕刊に、日産クレジットが不正融資事件に絡んで融資先に一七億円の返還を求める訴えを提起した旨の記事が掲載され、右記事には訴えた相手の業者名は明らかにされていなかつたものの、それが日産クレジットの原告会社に対する不正融資事件が各紙で大きく報道された直後であつたこと、各記事によると、訴えた相手業者は原告会社と同じ大阪市西区内に所在する不動産業者であつたこと、同じく右記事の「金利の支払いが約一〇ケ月滞」つているという部分が、いずれも原告会社に関して既に報道されていた「昨年から金利の支払いも滞るなど事実上、焦げ付いている。」、「金利の支払いも同年六月ごろから止まつており、現在も約三〇億円が焦げ付いたままという。」などの新聞記事と符合していたことから、原告会社に強い関心を寄せていた被告らが、日産クレジットが訴えた相手業者というのは原告会社のことではないかという疑念を抱いたことには合理的根拠がある。

さらに、《証拠略》によれば、当該訴訟が係属した大阪地方裁判所の職員が、同被告の質問を受けて、日産クレジットが訴えたのは原告会社であり、当該訴訟は民事第二二部で扱うが、期日は未だ決まつていないものの、三月中旬ころではないかと返答した事実が認められるのであつて、右返答を聞いた被告らが、先に抱いていた疑念をほとんど確信にまで深めたとしても、けだし当然のことである。

かかる事情を総合すると、被告らが日産クレジットから訴えを提起されたのが原告会社であると信じたことには、相当の理由がある。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森脇淳一)

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